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日常が戻ってくる恐怖

おかしなコトだけど。
3月11日以来失っていた「日常」が帰ってくることに恐怖を覚えている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110420-00000105-mai-bus_all
<東日本大震災>関連倒産15社に 九州などにも拡大

震災の影響がじわじわと表面に出てくるのはこれからなのに・・・

今朝、自宅最寄り駅のエスカレーターが動いていた。
昨日までは確かに節電のためストップしていたエスカレーター。
面倒だなと思いながらも、「非常時」だと自分に言い聞かせ納得していた。
「非常時」の身近な象徴だった、最後の砦だった、「止まったエスカレーター」が動いていた。

毎日確認していた東京電力の今日の電力使用状況。
それを見て自分に課す節電タスクの軽重が決まっていた。
毎日確認していた被災地の避難している人たちの声。
それを見てどの団体に募金するか決めていた。
毎日確認していたスーパーのモノの値段。
それを見て主食を何にするかを決めていた。

今はどれも確認していない。
確認しなくても支障がないし、
確認しなくても日々の生活に不便はないと気づいたから。
密かに「日常」は自分の身近に来ていたのかもしれない。

が、駅のエスカレーターが辛うじて「非常時」を認識させてくれていた。
そのエスカレーターが動いていたことで、
僕に「非常時」を感じさせるものが消滅したことになる。

それによる恐怖。
多くの命、モノが犠牲になった事実を忘れていくこと。
まだたくさんの人が非常時として不自由に暮らしている事実を忘れていくこと。
復興までに数十年かかるかもしれないという環境下で
長期的に貢献しようという意志を忘れること。
復興活動をしている人を覚めた目で、完全なる第三者として見てしまうこと。
「自分が復興のために協力できること」を考えないようになってしまうこと。


日本の経済活動を無駄に停滞させないために
必要以上に自粛せず日常に戻り、通常の消費活動をすることが大切だとは分かっている。

だけど、
働き方、価値観、生き方、今後の日本のあり方・・・
いろいろなモノの変化の転機になるかもしれないと、
そう感じていた「3月11日以降の出来事」へのリアルな感情を忘れてしまい、
結局は何も変わらない日常に戻ってしまうことも怖い。

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テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

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慣れというか鈍感になるというか、ね。
でも自分の気持ちを安定させるためには多少は必要なのかな。
私は努めて日常を過ごすようにしてるけど。。
考え方とか、価値観はやっぱり少し変わったかも。
私もリンク頂きます^^
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情報も吸い込むだけでなく吐き出さないと息苦しくなります。このブログの場を使い、呼吸が出来るようになることが僕の目標です。

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